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はじめに
近年、長時間労働による過労死などが社会問題となっていることもあり、時間外労働の適正な管理に注目が集まっています。時間外労働を適正に管理し、長時間労働を是正しようというのが大きな目的です。
では、時間外労働とは具体的に何を指すのでしょうか。本記事では、時間外労働とされる法的な定義を中心に、事例や例外、企業と従業員の残業時間などについての取り決めである36協定について解説します。
時間外労働とは
時間外労働とは法で定められた労働時間(法定労働時間)を超えて働くことを指します。企業が労働者との間で独自に定める労働時間(所定労働時間)は、この法定労働時間内で定めることになるため、所定労働時間を超えても法定労働時間を超えなければ時間外労働には当たりません。
法定労働時間と所定労働時間
法定労働時間とは、労働基準法で定められた労働時間のことを指し、1日8時間、週に40時間を超えてはならないと規定されています。また、週に1日もしくは4週に4日の「法定休日」を設けることも定められています。
一方、所定労働時間は企業が労働者との間で独自に決められるもので、就業規則や雇用契約書などに定めます。所定労働時間は法定労働時間の範囲内であれば自由に設定できますので、「1日7時間×週5日=35時間」「1日6時間×週6日=36時間」など、変則的な労働時間を定めることも可能です。
時間外労働になる例
前述のように、法定労働時間は1日8時間、週に40時間を上限として定められています。つまり、1日に9時間働いた場合は1時間が時間外労働となります。また、週に40時間を超えた場合も超えた分が時間外労働となります。
週に40時間を超える労働の捉え方として、以下のような労働形態を考えてみましょう。
例)月〜金曜日まで7時間ずつ、土曜日に4時間働くことを所定労働時間としていた場合、1日の労働時間が8時間以内になっている、かつ、週の労働時間も39時間になっていることから、所定労働時間で働いていれば法定労働時間を超えることはなく、時間外労働もありません。
この条件のもとで、ある週の月曜日・金曜日には所定労働時間通り、火曜日・水曜日に8時間、木曜日に9時間働き、土曜日にも6時間働いたとします。この場合、火曜日・水曜日は所定労働時間を過ぎているものの、法定労働時間の範囲内ですから、時間外労働とはなりません。木曜日は、法定労働時間を過ぎた1時間が時間外労働となります。
そして、金曜日まで働いたときの労働時間は39時間となっています。すると、土曜日の労働時間のうち、1時間(週の上限40時間−39時間)を超えた5時間はすべて時間外労働にあたります。つまり、この週には時間外労働が木曜日に1時間、土曜日に5時間あったと計算できるのです。さらに、週単位で計算したときには5時間-1時間=4時間が時間外労働と計算されます。
時間外労働と残業時間の違い
時間外労働と残業の違いは、簡単に言えば法律で決まっている法定労働時間と企業が決めた所定労働時間の違いと言えます。法定労働時間を超えると時間外労働とされますが、法定労働時間を超えていなくても所定労働時間を超えたものはすべて残業と呼ばれます。つまり、残業のうち法定労働時間を超えたものが時間外労働、とも言えます。
例えば、先程の「時間外労働になる例」で言うと、所定労働時間が7時間とされている日に8時間働いた場合、残業となります。しかし、この残業は所定労働時間を超えているものの、法定労働時間は超えていません。そのため、「所定時間外労働」ではあっても、「法定時間外労働」ではありません。つまり、残業ではあっても時間外労働とはならず、「法定内残業(法内残業)」となります。
時間外労働で発生する割増賃金
時間外労働(法定時間外労働)を行った場合、使用者は労働者に対して以下のように割増賃金を支払う必要があります。
- 月60時間以内の時間外労働…通常の賃金の0.25倍以上
- 月60時間を超えた部分の時間外労働…通常の賃金の0.5倍以上
- 休日労働(法定休日)…通常の賃金の0.35倍以上
- 深夜業(22時〜5時)…通常の賃金の0.25倍以上
また、所定労働時間を超えても法定労働時間を超えない「法定内残業」の場合、企業が独自に定めた割増率を適用できます。
中小企業の場合、時間外労働の割増賃金が通常の賃金の50%以上となる引き上げが猶予され、60時間を超える分の時間外労働の法定割増賃金率も25%以上に据え置かれていました。働き方改革関連法が成立したことによって、2023年4月からは中小企業でも法定割増賃金率が50%以上になります。
時間外労働における例外
繁忙期と閑散期などで、業務にかかる時間が大幅に変わることが前もってわかっている場合など、「変形時間労働制」を採用すれば例外的に前述の時間外労働の原則が適用されず、労働時間を調整できます。
変形時間労働制では、決められた範囲で労働時間を清算します。一般的には、1か月ごとに就労時間を設定するケースが多いものの、1年単位で労働時間を清算することもできます。変形時間労働制では、月ごとの法定労働時間が以下のように定められており、この時間内で自由に労働時間を割り振ることができます。
- 日数が28日の月…160.0時間
- 日数が29日の月…165.7時間
- 日数が30日の月…171.4時間
- 日数が31日の月…177.1時間
例えば、日数が30日の月で休日が8日あった場合、22日間で171.4時間を割り振ることになります。月の初めから中旬にかけては比較的余裕があるので1日7時間で、月末は忙しくなるので1日10時間で働いてもらう、なども法定労働時間を超えない限り自由に割り振ることができます。
1年単位で労働時間を設定する場合も、上記のように法定労働時間が定められており、それを割り振っていく形式がとられます。ただし、繁忙期に連勤が続いたり、閑散期に休ませ過ぎたりすることがないよう、1年単位で変形時間労働制を取り入れる場合には、「1日あたり10時間」「1週間あたり52時間」との、労働時間に上限が設けられています。
36協定とは
36協定(さぶろくきょうてい)とは、労働基準法第36条に基づく労使協定で、企業が従業員を法定労働時間を超えて時間外労働をさせたり、休日出勤をさせたりする場合に労使双方で合意することが必要となる取り決めです。企業と労働者の間で結ばれた協定は、書面で労働基準監督署に届け出なくてはならず、書面による取り決めのない口頭の説明だけでは時間外労働をさせることはできません。
36協定には、以下の内容を明記しておく必要があります。
- 業種
- 時間外労働の上限(1日、1ヶ月、1年あたり)
- 労働させられる休日の日数
また、36協定を結んでいても、原則として時間外労働の上限は「月に45時間、年間で360時間」と定められています。しかし、繁忙期などの臨時的な特別な事情がある場合、労使の合意があれば、以下の特別条項の範囲内で時間外労働や休日労働をさせることが可能です。
- 時間外労働は「年720時間以内」である
- 時間外労働と休日労働を合わせて「月に100時間未満」であり、かつ、「2〜6ヶ月の平均がすべて80時間以内」となる
- 時間外労働の上限(月に45時間)を超えられるのは、年に6回まで
36協定についての注意事項
厚生労働省は、2019年の労働基準法改正によって36協定の限度時間がより厳しく定められたことに伴い、「36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針」も策定しました。具体的には、36協定を定める場合には、以下の8つのポイントに十分留意する必要があります。
- 1.時間外労働や休日労働は、必要最小限にとどめる
- 2.使用者は、36協定の範囲内であっても労働者に対する安全配慮義務を負う
- 3.時間外労働や休日労働を行う場合、業務区分を細分化し、業務の範囲を明確にする
- 4.臨時的な特別の事情がない限り、限度時間(⽉45時間、年360時間)を超えることはできない
- 5.1か月未満の期間労働者の時間外労働は、目安時間を超えないようにする
- 6.休日労働の日数や時間数は、できる限り少なくする
- 7.限度時間を超えて労働させる場合、労働者の健康や福祉を確保する
- 8.限度時間が適用除外・猶予される事業や業務でも、限度時間を勘案し健康・福祉の確保に努める
このうち、2、4、7、8についてさらに詳しく解説します。
2.安全配慮義務について
労働契約法第5条に「安全配慮義務」というものがあり、法定労働時間はもちろん、36協定の範囲内で労働させた場合でも使用者は労働者に対して安全配慮義務を負っていることを忘れてはいけません。この安全配慮義務とは、以下の条文で定められています。
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。(労働契約法第5条(労働者の安全への配慮))
労働時間の増加が安全配慮義務違反に抵触する可能性があるのは、労働時間が長くなるほど過労死との関連性が強まるためです。具体的には、以下の3つのことがわかっています。
- 1週間あたり40時間を超える労働時間が、月45時間を超えて長くなるほど、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が徐々に強まるとされている
- 1週間あたり40時間を超える労働時間が、月100時間または2〜6ヶ月の平均で80時間を超える場合には、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いとされている
- 上記水準に至らずとも近い時間外労働と労働時間以外の負荷がある場合、業務と脳・心臓疾患の発症との関連が強い
つまり、36協定によって定められた上限規制や特別条項は、上記の業務と脳・心臓疾患の発症との関連性を勘案したもので、労働者の生命・身体の安全を確保するための安全配慮義務を履行するためのものと言えます。
4.限度時間について
月45時間、年360時間の限度時間を超えて労働させる特別条項を定めるには、通常予見できない業務量の大幅な増加などに伴って「臨時的に」限度時間を超えて労働させる必要がある場合について、できる限り具体的に定めておく必要があります。
例えば、「業務上必要な場合」「やむを得ない場合」などの取り決めは、いくらでも拡大解釈できてしまい、恒常的に長時間労働を招きやすくなってしまうため認められません。
7.健康・福祉について
労働者に限度時間を超えて労働させる場合、労働者の健康・福祉を確保するための措置として、以下の中の事項を協定することが望ましいとされています。
- 医師による面接指導
- 深夜業(午後10時から午前5時まで)の回数制限
- 終業から始業までの休息時間の確保(勤務間インターバル)
- 代償休日、特別な休暇の付与
- 健康診断
- 連続休暇の取得
- 心とからだの相談窓口の設置
- 配置転換
- 産業医による助言・指導や保健指導
出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」
8.限度時間の適用が除外、猶予される事業や業務について
限度時間の適用が除外される「新技術・新商品の研究開発業務」や、限度時間の適用が猶予されている事業や業務についても、限度時間を勘案して業務にあたることが望ましいことを忘れてはいけません。
特に、月45時間・年360時間を超える時間外労働を行う場合には、7.で紹介したような健康・福祉を確保するための措置を労使間で取り決めるよう努める必要があります。
時間外労働になる例
最後に、時間外労働について企業が押さえておくべきポイントを2つ解説します。
時間外労働における例外
2019年に働き方改革関連法が施行されるまで、36協定には上限期間を超えた場合の罰則がなく、事実上、年に6回まで、月に無制限の残業が可能になっていたことが大きな問題でした。しかし、働き方改革関連法の施行後は、これらの上限を守らなかった場合は使用者に6ヶ月以下の懲役、または30万円以下の罰金が課せられます。
そのため、これまで36協定の上限を超える時間外労働が多かった企業では、労働環境を見直し、時間外労働を上限の範囲内におさめる必要があります。特に、従業員に月45時間・年間360時間を超える時間外労働が発生している企業の場合、安全配慮義務違反にも抵触する場合が考えられます。上限を超える時間外労働はできるだけ減らし、やむを得ず上限を超える場合には労働者の健康・福祉を確保するための措置を取り決めましょう。
時間外労働について企業が押さえておくべきポイント
正確な労働時間を把握し、36協定の上限を遵守するためには、勤怠管理システムの導入が有効です。特に、厚生労働省では労働時間の適正な把握に関して、2017年1月に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定しています。
これによれば、労働者の労働日ごとの始業・終業時間について、「タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること」とされています。Excelシートなどの誰でも簡単に改ざんできてしまう記録は、客観的な記録として認められにくく、勤怠管理システムなどを使って簡単に改ざんできない記録をとる必要があります。
まとめ
時間外労働とは、法定労働時間を超えて働かせることを指します。法定労働時間は原則として「1日8時間、週40時間」ですが、変形時間労働制の場合はこの限りではありません。しかし、変形時間労働制を採用していても、法定労働時間を超えて働かせた場合には時間外労働となり、割増賃金や上限規制が適用されます。
36協定を結んでいる場合でも、時間外労働には上限規制が設けられ、上限規制を破った場合には使用者に対し罰則が適用されます。労働時間を正確に把握することが上限規制を遵守するための第一歩です。労働環境を見直すとともに、勤怠管理システムを導入してみてはいかがでしょうか。